こもりがちOL

備忘録と脳内のはきだし

待合室

お題「わたしは○○恐怖症」

 

 

私は以前待合室恐怖症でした。

きっかけは元々不安傾向が強い性格だったのですが、ある出来事でパニック発作になるまで不安神経症を悪化させてしまった事でした。(不安神経症は正式に病気でない?みたいな事を言われたのでこの言葉であっているかは不明です。)

 

そこから自分では苦手だなレベルだった苦手な物がどんどん発作で浮き彫りになっていきその中で一番厄介だったのが待合室恐怖症でした。

 

まず、パニック発作になりその日から外に出れなくなりました。

家でも発作が起きるくらい。

もちろん自分の異常に気づくので病院に行かないとと思います。

たまたま私が初めてパニック発作になったのがバイト先だったので、バイト先の上司にそれは心療内科ではないか?と教えて頂き心療内科に行かなくちゃいけないまでは把握してたのですが

家から出れない異常事態なのに同居していた親兄弟や仲の良い友達からもそんなの大丈夫だよ!と言われ病院に行きたいけど外に出られないという相談に乗って貰えませんでした。

 

ただ、学校を長期に休む訳には行かず泣きながら外に出て30分の距離を病院の前で入れないどうしようのグダグダを入れ、4時間以上かけて自転車で病院へ行きました。

途中で降りてしゃがんだり泣いてるのをマスクサングラスで誤魔化し泣きじゃくったり、顔につけてるのが逆に不安になりはずして道ばたに立ち尽くしたり、なんとか着いきました。

そんな感じだったのですが不思議と受付では自分の状況と飛び込みである事などをスムーズに説明でき一安心した所で私は待合室が苦手と気づく事になるのです。

 

飛び込みなのでもちろん待ちます。

待合室に座りました。

そうすると恐怖心が高くなり耐えられなく、受付の方にヘルプを伝え個室で待たせて頂く事に(外に出たら戻ってこれなくなるかもだから中でと気を遣っていただきました。)

 

個室でもでもダメな待合室

とりあえずその日は薬を頂き落ち着くだろうと帰宅しました。(まぁそこまでも調剤薬局行けなかったり泣きまくったり病院にかなり助けて頂きました。)

 

そして行動治療を進められたので薬を飲みながら家の前に出るレベルから徐々にリハビリをしました。

次の病院までには病院にチャリで泣かずに行けるレベルにはなり、大丈夫だ!と思った矢先、待合室恐怖症と知ることに

 

全然待合室がダメで外で待たせて貰う事に

その後も徐々に回復したのですが、

歯が痛くなり歯医者に行っても待合室はダメで事情を話しそこでも外でギリギリまで待たせて貰う事に電車バスに乗れるくらいまで回復しても全然待合室だけはダメで、しばらく3年近くは内科だろうが歯医者だろうが名前を呼ばれて待合室から解放され治療診療の時にほっとしすぎて泣いてました。(変な人)

 

何故待合室がダメなのかは気づいてました。

元々自分の容姿に自信がなく、完全に一人になると周りが自分を見て容姿の特徴の悪口を言っていると思い怯えてしまい(まぁ実際言われた事もあったので)

高校生までは近所のドラックストアすら友達と行きたい

洋服を一人で買いに行く時は常に友達と電話をしてました。

一人で大勢の中にいるというシチュエーションが待合室と酷似し待合室で待つと脳が勝手に反応し恐怖が湧き出てきて発作を起こしてしまってたのだと思います。

 

結果どう治したかは治しようがないので今も多少不安になりますが、なんとか慣れで診療中泣くことはなく、外で待つ必要もないくらいにはなりました。

慣れでしか克服や回復しないものって過酷な修行でしかないです。

 

元々生まれつき不安傾向が高いので不安や恐怖、ネガティブ感情は通常時も人よりはかなり高いです(心療内科で先生とお話しした時初めて自分の不安の思考が普通じゃないと教えて頂きました。自分ではそれまで普通と思ってました。)

だから常にストレス言えばストレスなですが、

不安神経症が初めてパニック発作まで悪化した時はプライベートも仕事もスゴいストレスを抱えていた時期ではなくむしろようやく自分が認められてきた頃でした。

そして不思議な事にその後の人生普通の人なら自殺してるレベルの自分では回避できない辛い事と、仕事でのノイローゼが重なりストレス値や不安は遙かにパニック発作を発症した時よりも高い時、全然パニック発作になりませんでした。

 

本当に不思議